子どもから大人へ
2006/10/01 コメントを残す
ナルニアとCSルイス
子ども向けの映画から「チャーリーとチョコレート工場」にまつわる映画2本と原作,そして,「オリバー・ツイスト」にまつわる映画3本とTV番組に原作について書いてみました。今回は,子どもから大人へというテーマでお話するのと同時に,今回から,「変わる」というトピックに移行しようと思います。
「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」(2005年)の原作は,全7作のシリーズの第1作にあたり,英国で「指輪物語」とほぼ同じ頃,1950年代に出版されたファンタジーを代表する作品で,海を越えてアメリカでは「ゲド戦記」が生まれ,最近では,同じくイギリスのファンタジーの流れを汲む「ハリー・ポッター」シリーズと,子どもから大人まで,多くの読者の想像力をかきたてています。
また,映画作製の技術や視覚化が進歩し,ここ数年,質の高いファンタジーの映画化が実現しているのは,映画ファンおよびファンタジーのファンにとって嬉しいことです。原作を読むということ,そして,映画を楽しむことは,作品の理解を深める絶好のチャンスでもあります。
「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」は,ディズニー映画ということもあって,家族向けの映画に仕上がっています。ファンタジー作品の醍醐味は,叙事詩的なスケール,神話的な象徴性,そして,登場人物が試練を経て成長するところにありますが,この映画では,兄弟姉妹のそれぞれの持ち味が生かされていると思います。兄と姉の長子としての責任感,チャーミングな末っ子の素直さ,そして,反抗的な次男の成長。戦時中(第二次世界大戦)の子どもたちが,困難を乗り越えて成長していく物語です。
映画「永遠(とわ)の愛に生きて」(1993年)を観ると,ナルニアの原作者CSルイスは,まさにナルニアに登場する子どもたちの疎開先の教授。60歳を越えて未婚。恋愛とか,惚れた腫れたとは全く無縁の世間から隔離された学者生活。同じくオックスフォード大学で教鞭を執っていたトールキン(「指輪物語」)とも顔見知りだったそうですが,独身の年老いた兄と閑静な居を構えていました。ルイスに傾倒していた観衆相手に講演(というか説教)し,オックスフォードで生徒の指導にあたり,教授仲間と過ごす波風のない日々。
ファンと称するジョイ・グレシャムと出会い,CSルイスの安泰の日々に大きな変化が訪れます。夫と別居中(のち離婚)というジョイは,子連れのアメリカ人の詩人。思いがけず晩年に訪れた恋愛に戸惑いながらも,「永遠(とわ)の愛に生きて」では,愛の歓びと哀しみを受け入れる過程が誠実に描かれています。
また,ナルニアのモデルになった屋根裏のワードローブ(箪笥)や,オックスフォード大の寮の格式ばった食事のシーン等は,なるほど,ハリー・ポッターはここから来ているのか想像するほどです。
歯に衣を着せぬ率直さでもって,ジョイは本音を語り,ジャック(CSルイスの愛称)の殻を破っていきます。そんな彼女に魅かれていくジャック。お決まりの日々から一転して,箪笥の向こう側に逃げることなく,いつもの守備範囲から恐る恐る一歩踏み出すジャック。
そして,本当の自分の気持ちに気が付いたキッカケは,ジョイが不治の病に侵されていることを知ったことでした。時間がない。もっと話したいことが一杯あるのに……。決まりきった心地良い日々から,不確かな日々を受け入れるのは苦痛を伴いますが,ここでジャックは決意をします。
しかしながら,結婚したいと申し出たものの,きちんとプロポーズして欲しいとジョイに諭されたり,同じ部屋で眠ること(といってもシングルベッドを並べただけですが)に対して,どうしていいのかわからなかったり。ジャックにとって,全く未知の分野です。
経験を重視するというジョイに,それでは本を読むということは無駄なのかと問うジャック。アカデミックな問答ならお手の物ですが,必ずしも経験に裏打ちされているとは限りません。苦悩するということが人を磨くという本を著し,人生の苦難と試練について説教してきたジャックですが,自分自身がその立場に立たされ,やっと人並みの体験をしているのだと気付きます。
この試練を通して,ジャックの角がとれていくのですが,例えば,つかみどころがなく,折り合いの悪かった生徒と話してみると,通じる部分が見つかりました。その生徒に打ち明けます。その昔,「影の国」(Shadowlands,「永遠(とわ)の愛に生きて」の原題)という児童書を書いたことを。そこには光(希望)がなく,いつも他の土地ばかりに陽があたっている。
それに受け応えて,生徒は,父親の言葉を引用します。「本を読むことは,この世に一人ぼっちじゃないってことを知ること。」 ジャックは,この青年に,初めて親近感を抱き,心を開いていきます。読書は孤独を救うと,いつしか,ジャックは,その言葉を引用するようになっていました。
小康状態だったジョイは,ジャックの研究室にかかる美しい絵の地(ゴールド・バレー)に行きたいと,ジャックに頼みます。その昔,子ども部屋にかかっていたという絵は,実在の地ですが,訪れてみるということなどは思い付きもしませんでした。いざ訪れてみると,穏やかで静かな美しさをたたえた渓谷でした。二人は,束の間の幸せを味わいます。これから訪れる苦しみは,今の幸せの一部だと考えて欲しいと願うジョイ。
ジャックにとっては,二度目の身を引き裂くような苦しみです。最初の苦しみは,母親が亡くなった時でした。歯が痛くて,お母さんに一緒にいて欲しかったという9歳の少年。傷付かないよう心を閉ざすことを学んだジャックは,ある意味で,9歳のままの部分を秘めていたのかもしれません。教授仲間から,子どものいないジャックが,なぜナルニアのような児童書を書くのか問われると,その昔は自分も子どもだったと答えました。どこか子どもの殻を着けたままだったことを,薄々知っていたのかもしれません。
愛するからこそ,苦しみもある。今度こそは,想像の世界に逃げることなく,苦しみを受け入れる決意をします。60を越した青年CSルイス。Vulnerable(無防備,心の防備・壁のない状態)であるということ,そして変わるということを受け容れることは,大変勇気のいることです。Shadowlands(影の国,想像の世界・幽冥界)から,子ども時代の殻を破り,傷付くのがわかっていても,一人の女性を全身全霊で愛することを選ぶCSルイス。光も影もある大人の世界へと,影の国から一歩踏み出したのでした。