ダイアローグ 第14夜
2006/05/28 6件のコメント
「パリ,テキサス」(1984年)
今夜は,「愛のめぐりあい」(1995年)で,ミケランジェロ・アントニオーニ監督とコラボレーションしたヴィム・ヴェンダーズ監督の作品のうち,男女の関係を描いた「パリ,テキサス」を採り上げて見ることにしましょう。映画の舞台になったヒューストンの街の様子を織り込みながら書いてみようと思います。
まずは,脚本。俳優サム・シェパードの「モーテル・クロニクルズ」が,原案になっています。ロケの合間等に,安ホテルに泊まりながら書きとめられた日記のような追想のような雑記。家族のこと,思い出,旅の出会い。今風に言えばブログのような感じと言っても差し支えないのかもしれません。
サム・シェパードのみずみずしい感性は確かなもので,ピューリッツァー賞受賞作家(戯曲)であることを実感しました。映画と原案は,内容的にはほとんど独立していますが,父親のアルコール依存症と暴力,ないがしろにされた母,そのような環境の中で育った主人公という設定が根底に流れています。そして,アメリカを転々と流れる主人公。
アントニオーニ監督との関連では,「砂丘」(1970年)の脚本で,サム・シェパードはコラボレーションしています。荒涼としたアメリカの心象風景を扱ったという点で,何らかの共通点を見出すことができるかもしれませんね。
そして,ヴィム・ヴェンダーズ監督のアメリカ的なものへの好奇心や興味が,この作品の原動力です。ヨーロッパ系の監督さんでは,ゴダール監督等も,アメリカ的なエレメントを,自分なりに消化しているのですが,ゴダール監督がポップ・カルチャーやポップ・アートに主眼を置いたのに対して,ヴェンダーズ監督は,アメリカ南西部の浪漫と過酷さに目を向けています。「イージー・ライダー」(1969年)のビリーに惚れたヴェンダーズ監督。「パリ,テキサス」は,アメリカを外から覗いた作品ともとれます。
ヨーロッパの文化の洗練の象徴であるパリ(フランス)。そんな名前が付けられた,テキサスの小さな田舎町。その町で,受胎されたと信じる男。荒涼とした東テキサスの小さな町。不毛な地にさえ,愛が生まれるという一筋の希望です。
冒頭シーン。生死の間を彷徨ように,テキサスの荒野を歩く男。4年間失踪していたこの男が,メキシコと国境を分かつビッグ・ベンドのあたりで発見され,迎えに来た弟と共にロサンゼルスに車で向かいます。映画の進行と共に,口を開かなかった男の人生が,断片的に浮かびます。そして,弟夫婦に預けられた息子との再会。妻がヒューストンの銀行より息子のために送金しているという情報を頼りに再びテキサスへ。約2,500キロの旅ですが,約半分はテキサス州に入ってからの距離(エル・パソ~ヒューストン)です。
ダウンタウンの高層ビル。そう,あの橋は,フランクリンの中央郵便局の前のもの。映画の舞台になったドライブ・スルーの銀行は,今でもあります。サンクスギビングの頃にロケされたということで,まだ暖かい日もある秋日和のヒューストン。うとうと居眠りする男。
妻の赤い車を見つけて,ダウンタウンの北側からフリーウェイに乗ります。道路の拡張などで,いつも工事をしているので様子が変わっていますが,あの大きな看板は今でもあります。45号線から10号線に。おっと,見失わないで!シェパードのあたりで高速を降りて,左折し,フェイドアウト。この架橋は今でもあります。
フェイドアウトの先は,ピープ・ショーで働く妻の職場。ここは,セット撮影のようですが,有名なマジック・ミラーのシーンが登場します。妻からは見えない男。男は妻の反応を見て,その場を立ち去ります。そして,ヒューストンを出て,小さな田舎町へ。アメリカの道を旅すると,どこにでもあるような町です。その晩,息子に自分の両親のことを話します。
翌日,一度は去ったものの,ヒューストンの覗き小屋に再び戻ってきた男。マジック・ミラーを通して,男は過去を清算するかのように,今までの2人の関係を語ります。深く愛すれば愛するほど,擦れ違ってしまった男と女。壊れてしまった関係を修復し,2人の間の溝を埋めることができるのでしょうか。
男が一体誰なのか気付いた妻に,鏡に映った男の姿が一つになります。カラカラに干からびた荒野を歩いていた男は,小雨で潤うヒューストンの街で,妻と再び繋がることができました。しかし,マジック・ミラーで隔てられたままです。「これでいい」と言わんばかりに,ホテルの部屋の番号を残して男は立ち去りました。
メリディアン・ホテル1520号室。高層ビルに囲まれたダウンタウンの一角。ホテルの名前は変わってしまいましたが,今でも実在しています。アレン・パークウェイからダウンタウンに臨むホテルの15階の部屋。そこで息子と再会する妻。
向かいの駐車場の屋上で,再会した母子を見守る男は,満足したかのように,雨のあがった夕焼け空のヒューストンを後にします。ライ・クーダーの音楽と共に,45号線のオーバーパスからの眺めが夜のとばりに変り,観る者の心にフェイドアウトしていくのでした。パリ,テキサスへの道でしょうか。確かに,45号線方面で街を出ると,たどり着くことができます。全てを失った男の再生と,家族の物語です。
2夜にわたり,ミケランジェロ・アントニオーニ監督とコラボレーションした監督さんの関連作品を選んでみました。いかがでしたでしょうか。どの作品も,男女の複雑な関係を描いたものですね。ウォン・カーウァイ監督,スティーヴン・ソダーバーグ監督,そして,今夜のヴィム・ヴェンダーズ監督。もう一つの共通点は,アントニオーニ監督を含めて,カンヌ国際映画祭受賞監督であるということです。
(コラボレーション その4: カンヌ国際映画祭に寄せて)