コンペアー&コントラスト47
2005/09/25 2件のコメント
本日は,インターミッションです。「モーターサイクル・ダイアリーズ」(2004年)の回想にちなんで,私の私的回想録を……。
秋分の日。日本では祭日だが,いつもより早く目が覚めた。正確には,まだ夜中だ。仕方がないので,ハリケーン・リタの様子をCNNで見ることにする。スペイン語放送になり,ブリティッシュ・アクセントのヨーロッパ版になり,うつらうつらしてきて,ふとアメリカの我が家で寝ているような気がした。
挽きたてのフレンチ・ローストで,夜明けのコーヒーでも淹れようか。それとも,そのままソファで一寝入りしてもいい。ふとチャンネルを回すと,甘美なバイオリンの音色が耳に入る。
まぎれもなくチャイコフスキーのバイオリン協奏曲(作品35)だ。運良くまだ第一楽章が始まったばかり。一度聴くと忘れられない第一主題が流れる。番組は「N響イン・ブルージュ」(ベルギー)。昨年からアシュケナージが,N響の音楽監督に就任したと聞いていたが,2004年夏のヨーロッパ公演の時の放送だ。
ジュリアン・ラクリンのバイオリンによる第二主題のオーケストラとのかけあいは見事で,息もつけないクライマックスから行進曲風の展開部に入り,足並みと息を整えてカデンツァに。そして,再現部でオーケストラと共に弛緩を繰り返しつつ,再度クライマックスに。なんとも悩ましく息もつけない。
全てを出しきったジュリアン・ラクリンの演奏に胸が熱くなる。第一楽章が終わった時点で感極まった観客が,ラクリン,アシュケナージ,そしてオーケストラに拍手を贈った。緊張が解けて,第二楽章,第三楽章と熱の入った演奏が進む。さすがはロシア出身のアシュケナージとラクリンのチャイコフスキーだ。(アシュケナージはピアニストとして,第二回チャイコフスキー国際コンクールで,ジョン・オグドンと共に第一位に入賞している。)
次はショスターコビッチの交響曲第五番だ。もともと,テスタストロン(男性ホルモン)系だと思っていたが,ハンス・グラーフの率いるヒューストン・シンフォニーの演奏を生で聴いて以来(2004年2月22日),演奏の解釈の違いに注目している。
ヒューストンの図書館で,偶然見つけたCDは,ケルテスの率いるスイス・ロマンド管弦楽団の演奏。(当時の録音状態もあるだろうが)ヘビメタだった。重厚で熱い演奏が,なかなかよかった。ムラビンスキーのレニングラード・フィルハーモニーの演奏(CD)を聴いた時は,その完成度の高さと洗練度に感嘆し,これ以上の演奏は無理かと思った。(ムラビンスキーは,1937年の初演の指揮も務めている。)
そこで,アシュケナージがどのように指揮するのか興味があった。ショスターコビッチの政治的な抑圧との葛藤と苦悩。同じソビエト体制下で,芸術家として生きたアシュケナージの回想を導入に演奏が始まった。
演奏は重くなり過ぎず,表現力豊かに,同時に流されず,洗練されたスタイルで展開する。ヒューストン・シンフォニーの演奏を聴きつつ,途中居眠りする観客がいたが,確かにこの交響曲の一部は,最高の眠りを誘う。決してつまらないという意味ではない。生理的な反応だ。重厚で,陰鬱で,思いつめたような緊張感の張りつめた演奏が,緩やかに歌う部分に入ると安堵から眠気をもよおす。考えようによっては,生演奏で眠れるのは最高の贅沢であり,素直な反応だ。
秋分の日の夜明けに,アシュケナージでウトウトするのもいいと思いつつ,注目していた第四楽章に入ったので,すっかり目が覚めた。大きな解釈の余地を残す楽章で,「強制された歓喜」か「勝利の行進」か,といったような解釈の論議がなされている。しかしながら,アシュケナージの演奏は,そんな論議はどうでもいいと思わせるもので,ショスターコビッチへの敬意と愛情のこもったクライマックスに目頭が熱くなった。
ヒューストン・シンフォニーの演奏のあとで,ジョーンズ・ホールを出ると,雨が降り出していた。冬の冷たい雨ではない。ダウンタウンからさほど遠くないリバー・オークスの角のフレンチ・カフェ,ラ・マデリンに向かう。その昔は,近くのドレクスラーの角,ハイランド・ハイツにあった店だ。よく金曜の夜に,生の管弦楽の演奏があった。中庭に季節の花が咲き,パンを小鳥と分け合ったものだ。
フレンチ・ローストの馨りと,焼きたてのパンの匂いが漂うカフェに,夕方のあかりが灯り,温かい光が部屋を満たした。水滴のしたたる窓ガラスに,道行く車のヘッドライトが映る。
隣接する古い映画劇場「リバー・オークス・シアター」で,観たかった「運命を分けたザイル」(英,2003年)を上映している。そういえば,この劇場で沢山の映画を観たものだ。名画座の名残がある古い映画館。数こそ少ないが日本の映画も観たし,いわゆる外国映画や,ミニ・シアター(アート・ハウス)系作品の佳作を上映していた思い出の多い劇場だ。
ハリケーン・リタの様子を見守る中,CNNに11チャンネルの見慣れたレポーターが登場し,13チャンネルのセグメントがNHKのニュースに挿入されている。ふとアメリカの我が家のことを想った。ブルージェイや,レッドカーディナルが庭の大木を訪れる我が家。そろそろルビー・スロートと呼ばれる(喉のあたりがルビー色の)ハミングバードが,南に向かって通過する頃だろうか。ハリケーンは大丈夫だったのだろうか。
写真は,テキサスの州花ブルーボネット。何百キロも続くハイウェイの両脇を,空のように青く染め上げる様子は圧巻で,テキサスの春の風物詩です。
気軽にコメントしていって下さいね。それでは,またお会いできるのを楽しみしています。