第47回写真展 陽光桜2007

今日は,当地の桜開花予定日でした。いつもの公園を歩くと,本当に何輪か咲いているではないですか。桜(ソメイヨシノ)のシーズンが始まりました。何枚か写真を撮りましたが,陽光桜(ヨウコウザクラ)の方が,一足先に満開になりましたので,今回はそちらの写真から選んでみました。

陽光桜は,寒緋桜と天城吉野桜との交配種だそうで,紫がかった濃いピンクの花は,染井吉野より大ぶりです。(ちなみに,ソメイヨシノは,オオシマザクラとエドヒガンの交配種だそうです。)本物の花とは思えないほど均等に花が付いています。ダークチェリー系のアイスクリームかパフェを,空いっぱいに敷き詰めた感じです。

陽光桜と名前のとおり,春の陽射しを一杯浴びて,街角に彩りを添えていました。サクラにもいろいろあるのだと感心します。昼頃と夕方に写真を撮影しました。光に暖かみを帯びた夕方の写真は,花もほんのり夕焼け色(サーモン・ピンク)に染まっています。時間帯や光の具合によって,違った表情を見せてくれますね。

JR高松駅(香川県)あたりから,中央公園北側あたりまで,中央通りで撮影しました。前回のシデコブシに次ぎ,街路樹シリーズ第二弾でもあります。シデコブシの方は,中央公園の少し南の交差点から栗林公園まで,同じく中央通りに咲いていました。街路樹に選ばれたわけですから,美しいだけではなく,排気ガス等にも強いのでしょうか。どちらも比較的若い木ですので,花が低い位置でも開花するため,至近距離で見ることができます。

第46回写真展 1キロの奇跡

先週,見かけた街路樹の花が,そろそろ満開なのではないのかと思い,再び寄り道してみました。普段あまり通らない道を歩くのも,なかなかいいものですね。花の季節は短いものの,例え見慣れた道でも,花が咲くといつもと違った表情を見せてくれます。

約1キロにわたり大通りの両脇に植えられた木々は,コブシでしょうか,それともモクレンでしょうか。小ぶりの花をよく見てみると,花びらが丸いものから細いものまであり,白いものもあれば,うっすらピンクや紫がかったものまであります。

こんなにバラエティーに富んだ花を付ける木は,何という名前なのでしょう。実は,先週通りかかった時に,シデコブシと名札の付いた木を1本見つけています。少なくともその木はシデコブシなのですが,全て同じ種類なのでしょうか。山で見かける素朴なコブシに比べて,大変洗練された印象を受けます。

ちょっと調べてみました。岐阜・愛知・三重県に自生するシデコブシは,モクレン科モクレン属の植物で,花弁が細く,9枚から30枚以上のものもあるそうです。湿地帯や水辺を好む珍しい木のようです。

そもそも,モクレンとコブシの違い何なのでしょうか。どちらも,モクレン科モクレン属の植物であり,落葉樹。葉が出る前に花が咲き,春を告げる花です。

モクレンは,中国南西部の雲南省や四川省が原産地で,花の色が紫色であることから,紫木蓮とも呼ばれるそうです。比較的低木(4mほど)で,花弁は6枚。白い花が咲くハクモクレンとは別種だそうです。英語名はMulan magnoliaだそうで,略してマグノリアと呼ばれていたり,他の愛称(Tulip magnolia等)で呼ばれていることがあります。Mulan(ムーラン)って,木蓮(モクレン)のことだったのですね。

コブシは日本各地に自生し,白い花を咲かせます。なるほど,コブシは野山の自然に,モクレンは庭木に見かけることが多いのは,コブシは自生しているからなのですね。モクレンの花の方が,一般に少し大きめです。英語名はそのまま和名(コブシ)を用いるそうで, Kobushi magnolia。こちらも,略してマグノリアと呼ばれているのを耳にします。背丈が高くなり,梢に雪のような白い花が咲きます。

なお,同じモクレン科モクレン属に,タイサンボクがありますが,こちらは常葉樹で,20m以上の大木になることもあります。初夏を告げる花です。アメリカは中南部が原産だそうで,米国南部を代表する花でもあります。光沢のある深緑の葉に,大輪の白い花がひときわ引き立ち,アメリカ南部では,深窓の令嬢(サザンベル)に例えられることもあります。

タイサンボクも,やはり英語でマグノリアと呼ばれ,ミシシッピ州とルイジアナ州の州花でもあります。ミシシッピ州には「マグノリア州」という愛称がありますが,私が長年住んでいたテキサス州ヒューストン市も,その昔は,マグノリア・シティと呼ばれていたそうで,アメリカ南部の風物詩です。シデコブシは湿地帯を好むとありましたが,ミシシッピ,ルイジアナ,そして,東テキサスには,湿地帯が続きます。

モクレン(正確にはハクモクレン)とコブシは,区別が付かないくらいよく似ていますが,タイサンボクは似ても似つかぬと思っていたのに,どれもマグノリアと呼ばれているのは不思議でした。しかも,海を隔てて,私の住んでいたアメリカと日本に自生する木。同じモクレン科モクレン属の植物であったとは……。この1キロの道のおかげで,やっと繋がりました。

よく見てみると,シデコブシの花の芯が,タイサンボクに似ていますね。これは,Wikipediaの「モクレン属」の解説よりますと,歴史的にハチが登場する前に進化したモクレン属は,甲虫を誘引するように発達したため,雌ずいがしっかりとできており,甲虫による破壊や食害を防いでいるそうです。アメリカ南部では,家の装飾デザインに好まれて使われますが,ちょっとプリミティブな印象は,そんなところから来ているのかもしれませんね。

シデコブシは,約2年前に帰国して初めて見かけた花木ですが,やっと名前がわかり,花の咲く時期にじっくり見ることができました。花びらの外に薄っすらピンクが差しているもの。内側が純白のもの。そして,コントラストをなす紫がかった花は,まるで蜘蛛のよう。細い花弁がイソギンチャクのように,ゆらゆら咲いているもの。咲くと花びらがそりかえるもの。桃饅頭のようなものは,本物の花とは思えないほどです。愛らしい花と蕾に,若草色の新芽が春らしさを添えています。本当にいろいろな花があるものですね。自然が創った芸術作品です。

春先に,アメリカの街角でモクレンやコブシの花を見かけたこと思い出しつつ,夕陽を浴びたシデコブシの道を約1キロ歩いてみました。夕方のラッシュアワーの喧騒を忘れて,暫し今年の花を楽しむことにしましょう。

第6回デジタルアート・ギャラリー 夜明けの詩

草木はまだ茶色で
木立には葉がなく
空気は冷たいが
春の訪れは
夜明けに似ている

ある日,突然,
命が吹き込まれたように
冬枯れの木立に花が咲く

街路樹のシデコブシ
彼岸桜にアンズと
大気が温まり
春の訪れは
予感を秘めている

鳩のクー,突然,
真鴨が水面を翔け
冬枯れの木立に花が咲いた

 

第5回デジタルアート・ギャラリー Der amerikanische Freund

今夜は京都・神戸紀行を少し。旅は道連れとは,うまく言ったものですね。

ブログのタイトルは,ヴィム・ヴェンダーズ監督の「アメリカの友人」(1977年)の原題(ドイツ語)からです。ヴェンダーズ監督はロード・ムービーという言葉を,映画のカテゴリとして定着させ,今回文字通りアメリカの友と旅したので,頭に浮かんだタイトルです。また,神戸でドイツ人が居住していた異人館を訪れたこともあり,Der amerikanische Freundにしました。ちょっとした異文化間コミュニケーションでもあります。掲載を前提に撮影させていただいた写真も使い,パーソナルなアルバムにまとめてみました。

まずは,京都へ。今から約12年前(平成6年12月)に,世界文化遺産「古都京都の文化財」として17件が登録されたそうで,半日で2~3件の世界遺産を訪れることも可能です。その1つである金閣寺に。天気雨。「狐の嫁入り」とも言うのだと説明しながら,こんな日は虹が見えるかもしれないと話します。

雲の影から光が射し,輝くばかりに眩い金閣寺。この時間,太陽の位置がパーフェクトです。回遊式の庭園,借景,水面に映る黄金の姿…。「日本の美学」という大学の講義で学んだ金閣寺を,アメリカの友は実際に見ることができて感無量でした。

三島由紀夫の「金閣寺」について話しながら,すぐ近くにある龍安寺へ。世界遺産第2件目です。日本の美を代表するものとして大学で学んだとのこと。金箔の輝きから枯山水へ。禅寺の石庭には,7・5・3の石が並び,1つの石はどの場所からも見えないように置かれているそうで,それは心眼(mind’s eye)で見るものだと説明します。光によって微妙に変わる石の色合い,けがれなき白砂の箒目,うっすら土色の壁に仕切られた25m×10mの宇宙空間。蕾がふくらみ始めた桜が低い油土壁から見えます。

アメリカの友の3つ目の希望は,大徳寺。モントリオールを訪れた時に,マーク・トウェインが「石を投げたら教会にあたるようだ」と言ったそうで,それぐらい沢山の教会(カトリック)がありましたが,大徳寺は寺の町といった感じで,いくつかの寺が集合している地域の総称だと気付きました。ここだけでも1日過ごせますが,龍源院と瑞峯院のお庭を拝見しました。特に,重森三玲氏の作庭した枯山水の古典的かつ斬新なデザインと配置・色合いの絶妙さを堪能し,重森氏が彫刻家イサム・ノグチ氏に与えた影響や,「日本の庭は空間の彫刻」とノグチ氏が称したことなど話しました。

上賀茂神社へ。日本の中世を代表する寺から時代を遡り,678年から続く延喜式の神社で,京都で訪れた世界遺産第3件目にあたります。街の喧騒から離れ,冷たく澄んだ空気の中,古木や水の流れが美しく,歴史が息づいているのが感じられます。ヒノキの皮で作られた屋根(檜皮葺,ひわだぶき)一つ取っても,1000年以上伝えられてきた雅やかさ,素朴で力強い伝統の美しさが伝わってきます。しだれ桜の古木があちこちにあって,開花を想像するだけで胸が熱くなりました。できれば,鴨川のほとりの桜が咲く頃か,カキツバタの時期に再訪したいものです。また,5月15日には,平安時代の形を残す葵祭りがあります。

京都御所を散策した後に,神戸へ向かいます。京都から新快速タイムマシーンで50分。あっという間に何世紀も旅しました。明治時代は文明開化で,西洋の影響を受けた北野の異人館に向かいます。今から約100年前に建てたれた「風見鶏の館」と「うろこの家」。赤いレンガの家と,うろこの形をしたスレート(石板)の家です。雨は降っていませんが,風見鶏の館に虹がかかっています。彩雲ですね。坂道を歩きながら,日本の民話や,小泉八雲などについて話し,当時の生活に思いを馳せます。

神戸を一望できる布引のロープウェーでハーブ園を訪れました。アメリカの友は,ハーブに興味があるとのことで,ハーブ教室に参加し,通訳をしながら,いつも見かける公園の水色の小花はローズマリーなのだと納得したり,いい香りにリラックスして旅の締めくくりにピッタリでした。そして,布引のあたりは,子どもの頃,ハイキングや遠足で来たことがあり,懐かしさで一杯でした。

早春の古都と坂の街。枯れ木に花が咲くごとく,葉のまだ出ていない木々に可憐な花が開花し始めていました。外国からのお客さんを案内すると,よく耳にする感想は,日本では季節感を大切にし,季節の移り変わりに敏感であるということ。また,古いものが大切にされ,生活の一部になっていること。上賀茂神社にて,「まずは形を整える,そして…」というお話を伺いましたが,今回の旅で一番印象に残った言葉です。形から入るということが,日本の美を伝承することでもあるのだと感じました。

私たちにとっては当たり前のことでも,多様な文化を背景に持つ人々が,日本の美しさに触れ,感動する様子を目の当たりにし,私自身にとっても,新たな視点を養う絶好の機会であり,忘れていた感動が甦ってくるのは不思議なものです。旅は道連れ 世は情け。教えることで教えられると言うのは,本当のことだと実感します。

第4回デジタルアート・ギャラリー 花のある風景

ビルの陰に,ピンクの花びらが見える
もしやと思って近付いてみると
カワヅザクラ(川津桜)と書いてある

いつも通る公園に,椿の花が見える
ふと見回すとあれほど満開だった
山茶花の花が姿を消していた

ロータリーに,パンジーが見える
背が高くなってしまったハボタンが
いつの間にか植え替えられていた

ミニシアター系の映画館の前に
ほころび始めたコブシの花が
夕暮れ時の空とひとつになった

2月の映画から

この1か月位の間に,日本で公開中もしくはDVDがリリースされた映画のメモです。

1 「リトル・ミス・サンシャイン」
  「ドリームガールズ」
まずは,今年のアカデミー賞を含めた賞レースで話題になった映画2本。ハチャメチャかつダーク・ユーモアに満ちているものの,悪意のないロード・コメディー「リトル・ミス・サンシャイン」と,ショービジネスの光と影を描いた感動のミュージカルの映画化「ドリームガールズ」です。

どちらの映画にも共通するのは,アンダードッグ(負け犬)賛歌。成功する人にだけ焦点を当てるのではなく,人生思ったとおりにいかなくても,夢の実現に向けて健闘する人々への温かい視線と優しさが感じられます。どちらも脚本がよいと聞いていましたが,ミス・サンシャインの方は,アカデミー賞でマイケル・アーントが脚本賞を射止め,ドリームガールズの方は,「シカゴ」(2002年)の脚本家ビル・コンドンが,脚本と監督を担当したとのことで楽しみにしていました。

日本で,外国の映画を観ることの意義は,字幕付ということなのですが,この2本の映画を観つつ,字幕には全く違った意味があるものだと痛感しました。ミス・サンシャインの方は字幕の限界,ドリームガールズの方は字幕のおかげで,映画の楽しみが倍増することもあると実感しました。

ミス・サンシャインでは,言葉のユーモアがさり気なく登場しますが,その絶妙さや機微,文化的な背景の違いが,どうしても字幕に納まりきりません。これは,字幕の良し悪しではなく,言葉のアヤやジョークをいちいち説明したのでは,おかしさが半減してしまうからです。静まりかえった映画館でバカ笑いするわけにはいかず,訳しきれないジョークの連発に,笑いをおさえるのに必死でした。こんなに,くっくっ苦しかった映画は久しぶりです。

もちろん,笑いは言葉だけではありません。言葉に頼らない(=見て面白い)笑いもあれば,説明のいらない人間共通の笑いもあります。そして,芸達者な役者の演技力のおかげで,大いに笑えました。笑いの発散ができる箇所が充分あったおかげで,映画館で笑いをこらえて窒息死せずに済みました。

ミス・サンシャインは,バラバラな家族が一致団結して,娘の夢をかなえようとするところがよかったと思います。子どもが太陽の絵を描くと,日本では赤ですが,アメリカではサンシャインは黄色。幸せの黄色いハンカチ,いや幸せの黄色いVWバスでカリフォルニアを目指すロード・ムービー。最初から「できない」と決めつけたり,簡単に諦めず,例え思ったような結果が出なくても,どんなにバカバカしくても,「よくやった」と受け入れてくれる家族こそが,本当のサンシャインなのかもしれません。

ドリームガールズは,歌がストーリーの重要な進行役なのですが,うっかり歌詞を聞き逃しても,字幕が意味をしっかりと伝えてくれました。日本で映画を観ることができてラッキーだと感じます。感情の起伏が激しいこのような作品では,歌に呑まれてしまうと,耳から言葉が入ってこなくなります。ですから,言葉の意味が目から入る字幕の効力が最大限に生かされていたと思います。

エフィ役のジェニファー・ハドソンの歌唱力は,映画に命を吹き込むほど圧倒的かつ雄弁でした。彼女が,実質的に主役と言っても過言ではありません。一方,主役ディーナはキレイでいい子なんだけれど,言いなりになったままの前半から一転し,後半,本音を唄った『リッスン』で爆発。彼女なりに自立していくところがディーナの静かなるクライマックスだったと思います。噂どおりエディ・マーフィーの熱演・熱唱もお見事でした。

ミュージカルでは,モデルになった人々(ダイアナ・ロス,スプリームス,ベリー・ゴーディ…)や場所(自動車の街モーター・タウンを短縮したモータウンことデトロイト)等を,クレームが付かないように意図的に変えていましたが,ミュージカル初演から四半世紀と時は流れ,映画版では,実在の人物に敬意を払うことで,類似点を強調しています。唯一の違いは,エフィことフローレンス・バラード。現実は厳しく,貧困とアルコール依存症から,32歳の若さで1976年に他界しています。せめてミュージカルや映画の中で彼女を讃え,夢をかなえてあげることにしましょう。

3 「マッチポイント」
昨年のアカデミー賞(脚本)にノミネートされた映画で,ウディ・アレン監督・脚本。いつもの守備範囲ニューヨークを離れ,ロンドンを舞台に。イギリスの光と影を巧妙に採り入れた深みのある映像が印象的でした。上流社会になりあがるため(逆玉),かつ自分の欲望を満たすため(不倫),危険な綱渡りをする元テニス・プロ。マッチポイントで,ネットにかかったボールが手前に落ちれば負け。いや,人生においてそれは本当なのでしょうか…。大変巧くできた映画だと思います。

4 「上海の伯爵夫人」
1930年の激動の上海で,盲目のアメリカ人元外交官(主人公)が,ロシアから亡命してきた伯爵夫人,そして謎の日本人に出会います。この映画で唯一違和感を覚えたのは,謎の日本人マツダが,都合の良い時に登場して,主人公が自分で出すべき答えを,都合よくセリフに盛り込んでいたところですが,レイフ・ファインズを始め俳優陣が素晴らしく,また,東洋を熟知したクリストファー・ドイルの撮影が,いつものマーチャント・アイヴォリーの作品とは違った質感を醸し出していたと思います。

アメリカ人のジェームズ・アイヴォリー監督が,ムスリム系インド人のプロデューサー,イスマイル・マーチャント氏と組んだのが1961年。その後,ユダヤ系ドイツ人の脚本家ルース・プラワー・ジャブヴァーラを迎え,およそ半世紀にわたり良質の文芸作品を送り出してきました。

特に,EMフォスター(「眺めのいい部屋」1986年,「モーリス」1987年,「ハワーズ・エンド」1992年)や,ヘンリー・ジェームズ等の小説を原作に,違った価値観を持つ人々の間で起きる何らかの変化を題材にした作品は素晴らしく,多様な文化的背景を持つチームの本領が発揮されていると思います。エドワード王朝の英国を好んで題材に採り上げたのは興味深いものです。

また,カズオ・イシグロ氏の小説「日の名残り」(1993年)に興味を持ち,映画化したことも頷けます。イギリスに帰化したアメリカ人(ヘンリー・ジェームズ),そして,イギリスに帰化した日本人(イシグロ氏)。「上海の伯爵夫人」は,イシグロ氏の書き下ろした脚本ということで,注目していましたが,マーチャント氏が亡くなり,名コンビ最後の作品になります。

5 「ワールド・トレード・センター」
ニューヨークで9/11多発テロでは,テロ直後に救援に駆けつけた人々が二次災害に巻き込まれてしまいましたが,犠牲者2801人のうち,消防士343,港湾警察官37人を含む港湾職員84人,そして,NY市の警官23人。瓦礫の山から救出された生存者は,僅か20人だったそうです。この映画は,18番目と19番目に救出された港湾警察官ウィル・ヒメノ氏と上司のジョン・マクローリン氏の実話に基づいた映画です。

どうしても,生きて還ることのできなかった人々のことを偲ばずにはいられませんが,大変真摯に作られた映画でした。このように,生き残った人々が,語り継いでいくことも大切なのではないのかと思います。限られた情報と大混乱の中,危険を承知で救援活動に当たった人々の勇気に感謝しつつ。

6 「キンキーブーツ」
イギリスの「フル・モンティ」(1997年),「カレンダー・ガールズ」(2003年)の伝統に則り,経済的な困難を,人情とあっと驚く解決策で一致団結するコメディ。今回は,閉鎖寸前の伝統的な紳士靴専門の靴工場。跡取り息子が一気奮発して,新たな路線に挑戦。たまたま出会ったドラッグクイーン御用達のセクシーなブーツを作ることに…。実話にインスパイアされた映画だそうです。服装倒錯のローラ/サイモンを演じるキウェテル・イジョフォーの心優しく気高い女王様ぶりと,女装していない時の飾らない自信のなさ,よかったです。大いに楽しめました。

7 「16ブロック」
リチャード・ドナー監督(「リーサル・ウェポン」シリーズ,1987,89,92,98年)の刑事ものですから,お手のもの。証人を16ブロック離れた裁判所に護送する任務を受けた刑事。簡単なはずの仕事。ところが事態が急変,2時間後の裁判に間に合わなければ,悪人達が釈放されてしまう…。それぞれの思惑が力のバランスを変えつつ,保身のために法の一線を越えるかどうか判断を迫られる犯罪アクションもの。あまり期待していなかったのですが,思った以上に楽しめました。情けない刑事(ブルース・ウィリス)と,口八丁の証人(モス・デフ)の間にいつしか芽生える友情が,どことなく「リーサル・ウェポン」を彷彿。さすがはドナー監督,この手の友情もの,巧いですね。

8 「イルマーレ」
韓流リメークですが,自然な英語版の脚色に仕上がっていると思います。それぞれ2004年と2006年に生きる2人が,同じ湖岸のレイク・ハウスの郵便受けを仲介に出会います。そうそう,アメリカのメールボックスは,手紙を出す(投函する)ことができるのです。郵便受けの赤い旗を上げておくと,郵便配達の人が局まで持って帰ってくれます。今では,あまり書くことのなくなった手書きの手紙もいいですね。時間を越えた文通を通して,お互いのことを知り,惹かれていく2人。たまには甘口な映画もいいでしょ。バレンタインデーにピッタリでした。

9 「カサノバ」
ラッセ・ハルストレム監督の最新作とのことで,要チェック。豪華なキャスト,特に脇役が光っています。舞台は水と光の輝く18世紀のベネチア。1人だけの女性を愛するイメージから程遠いカサノバですが,恋に落ちます。シェイクスピアの「ベニスの商人」のオマージュ(ポーシャ,男装,機知),そして,「恋におちたシェイクスピア」(1998年)的なコメディに仕上がっています。ラッセ・ハルストレム監督の「ショコラ」に通じるモチーフ(宗教的な制約と自由,愛,女性の生き方,母娘,友情)も健在です。

今までとは違った面に焦点を当てたカサノバ外伝といった感じですが,ある意味で,ハルストレム監督のカサノバ解釈は,時代を反映していると言えるのかもしれません。女性が求める理想の男性像という意味で,プレイボーイがステータスだった時代は過ぎ,新たな解釈があってもいいのかもしれませんね。007だって,マイアミ・バイスだって,純愛なんですから。

10 「ザ・センチネル/陰謀の星条旗」
シークレット・サービス,大統領暗殺計画,濡れ衣をめぐるサスペンス。マイケル・ダグラスとキーファー・サザーランドと,この手の作品のベテラン俳優が挑み,無難にまとまっていますが,どうしても似たような映画や,TVシリーズ「24」等の二番煎じのような印象を受けてしまったのは残念。