この1か月位の間に,日本で公開中もしくはDVDがリリースされた映画のメモです。
1 「リトル・ミス・サンシャイン」
「ドリームガールズ」
まずは,今年のアカデミー賞を含めた賞レースで話題になった映画2本。ハチャメチャかつダーク・ユーモアに満ちているものの,悪意のないロード・コメディー「リトル・ミス・サンシャイン」と,ショービジネスの光と影を描いた感動のミュージカルの映画化「ドリームガールズ」です。
どちらの映画にも共通するのは,アンダードッグ(負け犬)賛歌。成功する人にだけ焦点を当てるのではなく,人生思ったとおりにいかなくても,夢の実現に向けて健闘する人々への温かい視線と優しさが感じられます。どちらも脚本がよいと聞いていましたが,ミス・サンシャインの方は,アカデミー賞でマイケル・アーントが脚本賞を射止め,ドリームガールズの方は,「シカゴ」(2002年)の脚本家ビル・コンドンが,脚本と監督を担当したとのことで楽しみにしていました。
日本で,外国の映画を観ることの意義は,字幕付ということなのですが,この2本の映画を観つつ,字幕には全く違った意味があるものだと痛感しました。ミス・サンシャインの方は字幕の限界,ドリームガールズの方は字幕のおかげで,映画の楽しみが倍増することもあると実感しました。
ミス・サンシャインでは,言葉のユーモアがさり気なく登場しますが,その絶妙さや機微,文化的な背景の違いが,どうしても字幕に納まりきりません。これは,字幕の良し悪しではなく,言葉のアヤやジョークをいちいち説明したのでは,おかしさが半減してしまうからです。静まりかえった映画館でバカ笑いするわけにはいかず,訳しきれないジョークの連発に,笑いをおさえるのに必死でした。こんなに,くっくっ苦しかった映画は久しぶりです。
もちろん,笑いは言葉だけではありません。言葉に頼らない(=見て面白い)笑いもあれば,説明のいらない人間共通の笑いもあります。そして,芸達者な役者の演技力のおかげで,大いに笑えました。笑いの発散ができる箇所が充分あったおかげで,映画館で笑いをこらえて窒息死せずに済みました。
ミス・サンシャインは,バラバラな家族が一致団結して,娘の夢をかなえようとするところがよかったと思います。子どもが太陽の絵を描くと,日本では赤ですが,アメリカではサンシャインは黄色。幸せの黄色いハンカチ,いや幸せの黄色いVWバスでカリフォルニアを目指すロード・ムービー。最初から「できない」と決めつけたり,簡単に諦めず,例え思ったような結果が出なくても,どんなにバカバカしくても,「よくやった」と受け入れてくれる家族こそが,本当のサンシャインなのかもしれません。
ドリームガールズは,歌がストーリーの重要な進行役なのですが,うっかり歌詞を聞き逃しても,字幕が意味をしっかりと伝えてくれました。日本で映画を観ることができてラッキーだと感じます。感情の起伏が激しいこのような作品では,歌に呑まれてしまうと,耳から言葉が入ってこなくなります。ですから,言葉の意味が目から入る字幕の効力が最大限に生かされていたと思います。
エフィ役のジェニファー・ハドソンの歌唱力は,映画に命を吹き込むほど圧倒的かつ雄弁でした。彼女が,実質的に主役と言っても過言ではありません。一方,主役ディーナはキレイでいい子なんだけれど,言いなりになったままの前半から一転し,後半,本音を唄った『リッスン』で爆発。彼女なりに自立していくところがディーナの静かなるクライマックスだったと思います。噂どおりエディ・マーフィーの熱演・熱唱もお見事でした。
ミュージカルでは,モデルになった人々(ダイアナ・ロス,スプリームス,ベリー・ゴーディ…)や場所(自動車の街モーター・タウンを短縮したモータウンことデトロイト)等を,クレームが付かないように意図的に変えていましたが,ミュージカル初演から四半世紀と時は流れ,映画版では,実在の人物に敬意を払うことで,類似点を強調しています。唯一の違いは,エフィことフローレンス・バラード。現実は厳しく,貧困とアルコール依存症から,32歳の若さで1976年に他界しています。せめてミュージカルや映画の中で彼女を讃え,夢をかなえてあげることにしましょう。
3 「マッチポイント」
昨年のアカデミー賞(脚本)にノミネートされた映画で,ウディ・アレン監督・脚本。いつもの守備範囲ニューヨークを離れ,ロンドンを舞台に。イギリスの光と影を巧妙に採り入れた深みのある映像が印象的でした。上流社会になりあがるため(逆玉),かつ自分の欲望を満たすため(不倫),危険な綱渡りをする元テニス・プロ。マッチポイントで,ネットにかかったボールが手前に落ちれば負け。いや,人生においてそれは本当なのでしょうか…。大変巧くできた映画だと思います。
4 「上海の伯爵夫人」
1930年の激動の上海で,盲目のアメリカ人元外交官(主人公)が,ロシアから亡命してきた伯爵夫人,そして謎の日本人に出会います。この映画で唯一違和感を覚えたのは,謎の日本人マツダが,都合の良い時に登場して,主人公が自分で出すべき答えを,都合よくセリフに盛り込んでいたところですが,レイフ・ファインズを始め俳優陣が素晴らしく,また,東洋を熟知したクリストファー・ドイルの撮影が,いつものマーチャント・アイヴォリーの作品とは違った質感を醸し出していたと思います。
アメリカ人のジェームズ・アイヴォリー監督が,ムスリム系インド人のプロデューサー,イスマイル・マーチャント氏と組んだのが1961年。その後,ユダヤ系ドイツ人の脚本家ルース・プラワー・ジャブヴァーラを迎え,およそ半世紀にわたり良質の文芸作品を送り出してきました。
特に,EMフォスター(「眺めのいい部屋」1986年,「モーリス」1987年,「ハワーズ・エンド」1992年)や,ヘンリー・ジェームズ等の小説を原作に,違った価値観を持つ人々の間で起きる何らかの変化を題材にした作品は素晴らしく,多様な文化的背景を持つチームの本領が発揮されていると思います。エドワード王朝の英国を好んで題材に採り上げたのは興味深いものです。
また,カズオ・イシグロ氏の小説「日の名残り」(1993年)に興味を持ち,映画化したことも頷けます。イギリスに帰化したアメリカ人(ヘンリー・ジェームズ),そして,イギリスに帰化した日本人(イシグロ氏)。「上海の伯爵夫人」は,イシグロ氏の書き下ろした脚本ということで,注目していましたが,マーチャント氏が亡くなり,名コンビ最後の作品になります。
5 「ワールド・トレード・センター」
ニューヨークで9/11多発テロでは,テロ直後に救援に駆けつけた人々が二次災害に巻き込まれてしまいましたが,犠牲者2801人のうち,消防士343,港湾警察官37人を含む港湾職員84人,そして,NY市の警官23人。瓦礫の山から救出された生存者は,僅か20人だったそうです。この映画は,18番目と19番目に救出された港湾警察官ウィル・ヒメノ氏と上司のジョン・マクローリン氏の実話に基づいた映画です。
どうしても,生きて還ることのできなかった人々のことを偲ばずにはいられませんが,大変真摯に作られた映画でした。このように,生き残った人々が,語り継いでいくことも大切なのではないのかと思います。限られた情報と大混乱の中,危険を承知で救援活動に当たった人々の勇気に感謝しつつ。
6 「キンキーブーツ」
イギリスの「フル・モンティ」(1997年),「カレンダー・ガールズ」(2003年)の伝統に則り,経済的な困難を,人情とあっと驚く解決策で一致団結するコメディ。今回は,閉鎖寸前の伝統的な紳士靴専門の靴工場。跡取り息子が一気奮発して,新たな路線に挑戦。たまたま出会ったドラッグクイーン御用達のセクシーなブーツを作ることに…。実話にインスパイアされた映画だそうです。服装倒錯のローラ/サイモンを演じるキウェテル・イジョフォーの心優しく気高い女王様ぶりと,女装していない時の飾らない自信のなさ,よかったです。大いに楽しめました。
7 「16ブロック」
リチャード・ドナー監督(「リーサル・ウェポン」シリーズ,1987,89,92,98年)の刑事ものですから,お手のもの。証人を16ブロック離れた裁判所に護送する任務を受けた刑事。簡単なはずの仕事。ところが事態が急変,2時間後の裁判に間に合わなければ,悪人達が釈放されてしまう…。それぞれの思惑が力のバランスを変えつつ,保身のために法の一線を越えるかどうか判断を迫られる犯罪アクションもの。あまり期待していなかったのですが,思った以上に楽しめました。情けない刑事(ブルース・ウィリス)と,口八丁の証人(モス・デフ)の間にいつしか芽生える友情が,どことなく「リーサル・ウェポン」を彷彿。さすがはドナー監督,この手の友情もの,巧いですね。
8 「イルマーレ」
韓流リメークですが,自然な英語版の脚色に仕上がっていると思います。それぞれ2004年と2006年に生きる2人が,同じ湖岸のレイク・ハウスの郵便受けを仲介に出会います。そうそう,アメリカのメールボックスは,手紙を出す(投函する)ことができるのです。郵便受けの赤い旗を上げておくと,郵便配達の人が局まで持って帰ってくれます。今では,あまり書くことのなくなった手書きの手紙もいいですね。時間を越えた文通を通して,お互いのことを知り,惹かれていく2人。たまには甘口な映画もいいでしょ。バレンタインデーにピッタリでした。
9 「カサノバ」
ラッセ・ハルストレム監督の最新作とのことで,要チェック。豪華なキャスト,特に脇役が光っています。舞台は水と光の輝く18世紀のベネチア。1人だけの女性を愛するイメージから程遠いカサノバですが,恋に落ちます。シェイクスピアの「ベニスの商人」のオマージュ(ポーシャ,男装,機知),そして,「恋におちたシェイクスピア」(1998年)的なコメディに仕上がっています。ラッセ・ハルストレム監督の「ショコラ」に通じるモチーフ(宗教的な制約と自由,愛,女性の生き方,母娘,友情)も健在です。
今までとは違った面に焦点を当てたカサノバ外伝といった感じですが,ある意味で,ハルストレム監督のカサノバ解釈は,時代を反映していると言えるのかもしれません。女性が求める理想の男性像という意味で,プレイボーイがステータスだった時代は過ぎ,新たな解釈があってもいいのかもしれませんね。007だって,マイアミ・バイスだって,純愛なんですから。
10 「ザ・センチネル/陰謀の星条旗」
シークレット・サービス,大統領暗殺計画,濡れ衣をめぐるサスペンス。マイケル・ダグラスとキーファー・サザーランドと,この手の作品のベテラン俳優が挑み,無難にまとまっていますが,どうしても似たような映画や,TVシリーズ「24」等の二番煎じのような印象を受けてしまったのは残念。